覗くには“リアル”を相手にする私をモチーフに2つの意味が込められている
一つは「画家としての挑戦」、もう一つは「好奇心」である。
“絵”は人間の視覚のみを刺激することができる。そこにあった“リアル”をどうフェイクとしてキャンバスに再現するか。それは視覚のみから他の四感を引き出すことにある。絵を見ただけで「音を感じる」「匂いを感じる」「こんな味がしそう」「柔らかそう/堅そう」…。そしてその四感は目に見えない。
見えない何かを“覗きたい”…そして表現したいという画家としての挑戦を描いた。
そしてもう一つ。
「”写実”という分野は見えるものだけを描いていればいいというわけではない。それではただのお上手作品にすぎない。リアルを切り取るとは、視覚以外も切り取るという事だ。つまり“写実”とは、見えないものの対局にあるように思えるがそうではない。」と気づいてから、世界の見え方が変わっていった。
絵を描いているとそれまでただ当たり前に在った美に気づけるのだ。
そしてそれに気づき、触れた時、もしくはそれについて熟考している時、楽しくてしょうがない。
“見る“や”覗く“という表現は比喩である。
この絵は、人間という殻を破ったら何が見えるのか、リアル=ただ在る美とは何なのかを《知りたいが為に描く》私も描いたものである。